TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/06/17

第33話(全130話)

ピート、家になる(2/2)




 ピートは唄いはじめた。
 大空を飛び、海を越え、山を見下ろして、世界を旅する少年の歌だった。それこそがピート
の、ピート自身の揺るぎない真実の心だった。
 柱がいきなり唄い出したことに驚いたわけではないだろうが、その瞬間、ロッコたちがいっ
せいに作業の手を止めた。ピートはかまわず唄い続けた。
 毛糸玉たちが怖がろうが怒り出そうが知ったことじゃない。ぼくはぼくだ。柱なんかじゃな
いんだ。唄いたければ唄うんだ。柱になって黙ったまま突っ立ってるなんて、ぼくはごめんだ
よッ。
 唄う柱のほうに顔を向けるロッコたちも何匹かいたが、やはり彼らが作業を中断したのは、
ピートの歌のせいではないらしい。彼らは空を仰ぎ見るようにしてジッと身を竦ませている。
ピートのほうに顔を向けた何匹かもすぐに同じように空を凝視しはじめた。何かの気配に彼ら
は神経を集中しているようだ。それに気づいてピートも歌を止め、セメントの下で精一杯に耳
をすましてみる。
 森がサワサワと鳴っていた。
 風が出てきたんだろうか?
 ピートは気配に集中した。
 いや、風じゃない。曲がりなりにもぼくはいま柱なのだから、風のあるなしにはとても敏感
だ。じゃあどうして森が鳴っているんだろう? 
 サワサワサワ、サワサワサワ、サワサワサワ。
 音は移動しているようだ。
 ということは・・。
 何かが近づいてきている。それもかなり大きいものが。
 サワサワ。サワサワサワ。
 ピートは音がこの村の周囲をゆっくり周りながら、中心へとにじり寄ってきているのを感じ
た。もっとよく周りを見回してみたかったが、柱の悲しさで身を乗り出したり、首をひねった
りすることができない。
 何だろう? ピートはロッコたちに目を戻す。毛糸たちはひどく怯えはじめていた。その震
える心が、柱の中のピートにもビンビンと伝わってくる。
 キャン!
 とも聞こえる声が上がった。
 声ではなく、それはすべてのロッコたちがいっせいに猛然と転がり始めた、その体が擦れ合
う音だった。あっと思った時にはもうロッコたちは散り散りになって森の中へ、木々の後ろへ
逃げ込んでいた。
 広場が空になった。
 と同時に森の木々を半ば押し倒すようにして巨大な四つ足の動物が広場に躍り込んできた。
全長は八メートルはありそうだ。頭にはトリケラトプスを思わせる角があり、太くて力の強そ
うな尾をブンブンと振っている。口に生えた鋭い黄色の牙が、この動物が花を食べて生きてい
るわけじゃないことを物語っていた。
 思わずピートも逃げ出したくなった。けど柱だからスタコラ逃げ出せはしない。柱は何が起
ころうと、ただそこに突っ立ってるよりほかになす術がない。家が燃えても柱は自身が燃え尽
きるまで天井を支え続けるのだ。
 ピートは懸命に自分に言い聞かせる。
 あの獣は肉食なんだろうし肉食獣なら柱の一本になど興味も関心もないだろう。だからぼく
は安全だ。あの獣のあの鋭い牙は、ぼくなんかにまったく用はないはずだ。
 ピートはそう思った。
 確かにその通り、その獣、ドラテロは家の柱なんかにまるで食指を動かす様子はなかった。
ドラテロはロッコたちの匂いを嗅ぎ、家やビルの裏に隠れてやしないかと、辺りをうろつきは
じめる。
 いきなりヌウッと鼻先を突っ込まれて、ピートは思わず「わッ」と声を上げてしまう。ドラ
テロのちいさな耳がピクッと動いた。ピートはとっさに唇を噛んで口を閉ざす。ドラテロの目
がピートでもある柱をにらみつけてくる。
 ピートの心臓が早鐘のようにドキンドキンと高鳴った。
 その音をドラテロが聞き付けて襲いかかってくるだろうと、少年は覚悟した。
 けれど、ドラテロは不機嫌そうな唸りを上げただけで、ゆっくりと鼻先を家から抜いた。周
囲にロッコたちは一匹もいなかった。みんな森の果てへと逃げ込んでしまっていた。
 逃げられた。
 一匹も口に入れることができなかった。狩りは、失敗したのだ。
 ドラテロはそれを悟ったらしい。怒りの声を上げ、その雄叫びがビィィンと柱をも震わせた
。ピートの思った通り、ドラテロは柱になんか食指を動かさなかった。牙を立てることもなか
った。けれどピートは知らない。空腹のドラテロは腹を立てると、怒りに任せて尾を振り回し
、木々をへし折ってうさを晴らす獣だということを。
 広場に木はなかったが、木の代わりになりそうなものはあった。
 ドラテロは雄叫びを上げながら尾を振り回し、次々と家やそれを支える柱をへし折りはじめ
た。ワッと思った次の瞬間、ピートはドラテロの尾によって根っこからへし折られ、ほかの瓦
礫と共に宙にはじき飛ばされていた。
 ドラテロはさらにいくつかの建物を壊し、ロッコ・ヴィレッジにかなりの損害を与えると、
ようやく怒りを収めたらしく、森に逃げたロッコを追って、再び木々の中へと巨体を押し込ん
で行った。
 ピートは広場に転がっていた。
 柱の身に痛みはまったく感じなかった。けれどへし折られて広場に転がる柱としては、ほか
にどうすることもできず、ロッコたちの帰りをひたすら待つしかない。そしてもう一度、立派
な柱として作り直してくれるように期待するしかない。
 体を縛ったロッコの糸は相変わらずピートの動きを奪っていた。
 一部が瓦礫となって砕けてくれたおかげで、片手だけは自由になったけれど、それで何がど
うなるものでもなかった。
 ピートはロッコたちの帰りを待ちわびた。クズ鉄みたいに広場の片隅に転がっているくらい
なら、ひさしを支える柱でありたかった。そのほうがずっと有意義だと思った。
 ・・しかし広場へとやってきたのは、ドラテロをやり過ごした毛糸玉ではなかった。
 真上を向いているピートには、その足音を聞くことしかできなかったが、それは馬みたいな
四つ足の動物であるらしい。その馬みたいな動物の背には、ピートと同じ年格好の少女が乗っ
ているのだが、身動きできないピートには、青空よりほかに、何も見えなかった。

(つづく)




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